東京生まれ東京育ちが考える、移住のくらし

東京生まれ、東京育ちの森さんは、2016年から尾道市瀬戸田地区の「地域おこし協力隊」として活動している。たくさんの人が「上京」していく中、生まれた時から東京に住んでいる彼女はどうして「地方」への移住を選んだのだろうか?

「東京で暮らしていると、地方出身の友達もたくさんできますよね。東京が自分に合って大学卒業後も東京で暮らしている友達がいる一方、やっぱり地方がいいと地方に帰る友達もいました。」

そこで彼女は、「東京から地方」という暮らしの選択肢を改めて考えるようになったのだとか。
「自分に一番合っている地域は暮らしてみないと分からないですよね。東京が必ずしも一番自分に合っているとは限りませんから。どこが自分に合っているかを確かめたくて、まずはパソコンで“移住先“を検索することから始めました。」

そこでたまたま検索上位に表示された「尾道市」に興味を持ち、「移住者相談イベント」に行ったり、実際に尾道を観光で訪れたりして、尾道市生口島(いくちじま)に移住することを決断したのだった。
東京しか知らない彼女は、尾道に移住して実際にどう感じたのだろうか?

“ザ・田舎暮らし“でないバランス感

実際に移住をしてみて森さんが感じたのは、意外なほど便利な暮らしだった。
「いわゆる島暮らしは、信号もなく、コンビニもなく、ナンバープレートのない車が走っている、何もない暮らしをイメージしていました。生口島は病院もお店もあって、殆ど不便を感じず驚きました。」

彼女が特に気に入っているのは瀬戸内独特の多島美と柑橘の風景。
「移住してきて数か月、暮らしの中には、手が届くほど近くに“海”があり、都会のビル街からは見られない“空”が広がっています。冬になると、島の柑橘がオレンジ色や黄色に染まり、自然とともに変化する季節感を、楽しんでいます。」

ちなみに、一つだけ東京で無くても良くて尾道で必須なものを挙げるとしたら、それは車だろう。東京で免許も持っていなかった彼女は、東京で仕事が終わると教習所に毎日通い、必死の思いで免許を取得したのだとか。

暮らしてみる、はじめてみる

瀬戸田港から耕三寺(こうさんじ)につながる「しおまち商店街」、かつては多くの観光客が押し寄せる参道として、「歩かなくとも人の波で後ろを押され辿りついた」と言われるほど栄えていた場所だ。
彼女は、この商店街にある空き店舗兼住居、もう8年くらい人は住んでなかったこの場所を、新しい暮らしの場所として決めた。

以前は、商店街の一店舗として、島の柑橘類を地方に発送する果物店だった建物は、一人で暮らしていくには広すぎる場所だ。そこで、お店の名残のある場所を利用して、何かを始めてみる第一歩に一日限定ではあったが、アンテナショップ「OMiSe」を開いてみることに。

シャッターを開けて、準備の時から、商店街の人たちや地域の人たちは「何をはじめたのか、何をするのか」と地域の人々が興味を持ってくれた。何らかの場を作ることに手応えを感じた彼女は、今後は月1回程度からお店を開けていくことを目標にいろいろと企画を進めいているのだとか。

移住を考えている人へ

まだ、移り住んで数ヶ月ではあるが、これから移り住もうとする人へのメッセージを聞いてみた。
「移住は、一世一代一大決心で、誰もがそこで大成しなければという覚悟が必要である。そんなイメージが強いです。でも私は1、2年住んでみて、合わなければ別の所に行けばいいと思います。もっとゆるりとした軽い気持ちでの移住もありなんじゃないかと。今の生活を変えたいと思うなら、とりあえず動いてみては。」

東京しか知らなかった彼女にとって、結局“移住”は合っていたのだろうか?
森さんは現在、「東京も尾道も、どちらも自分にとっては正解だった」と考えているのだとか。生口島を拠点にしながら、東京とも繋がり続ける二拠点居住の暮らし方。それが彼女が移住生活を経てたどり着いた新しい答えのようだ。
これからも生口島で生計を立てる職を確立させながら、自分らしいライフスタイルを模索していくのだろう。

(取材:平成28年12月)