縁がつむぎ、歴史をつなぐくらし

JR尾道駅から少し北、栗原通りから一本入った、尾道らしい路地裏に「尾道お菓子 たつみや」がある。ここは昨年8月まで、創業昭和27年の老舗「和洋菓子屋 多津美家」があった場所だ。

「尾道お菓子 たつみや」をオープンさせた町出さんは、石川県金沢市出身。京都に住み、奈良の会社まで通勤していたが、2002年、転勤で東広島で働くことに。もともと京都から奈良までわざわざ通勤していたのも、「住まいは自分で決める!」という強い思いがあってのこと。

尾道から東広島まで通うと、片道1時間以上。もっと通勤に便利な場所も多くある中、なぜ尾道で暮らすことを選んだのだろうか。

全ての縁の始まりは「直感」だった

当時、町出さんは25歳。
「尾道の斜面地に住もうと思ったのは、直感でした。仮住まいのつもりで軽い気持ちで。志賀直哉みたいな、落ち着いた生活を送りたくて書斎付きの一軒家を借りたんです。」

尾道に引っ越して間もなく、いきなりご近所さんがピンポンをしてきて、話をするようになったそう。

「引っ越してきたことが、噂になっているよ、と言われました。ひっそりと暮らしたかったんですけどね。」と町出さんは笑う。

それから、このご近所さんとはすっかり仲良くなり、結婚式の仲人をすることに。向島の高見山で手作りの結婚式を行い、2次会の会場となったカフェで、運命の出会いが訪れる。将来の妻となる、悦世さんとの出会いである。

実はこの悦世さん、町出さんよりも先輩の移住者だった。広島市の出身で、1999年に尾道に移住。居酒屋で働いていたが、「カフェがやりたい!」と社長に提案。「自分でやれ」と店長を任され、将来、町出さんたちが出会いの場となったカフェをオープンさせた。

「斜面地に住み、NPO法人空き家再生プロジェクトのメンバーと触れ合ううちに、町の人たちは町に貢献しているのに、自分は何もしていないなぁ、という歯がゆい気持ちを持つようになりました。」

2015年、町出さんは、仕事をやめた。

「地域のために何かをしたい」

町出さんと、「多津美家」の出会いも、偶然だった。
「多津美家」は、同じ年頃の子どもを持つ友達の実家で、「多津美家」の近くにある友達の家にはよく遊びに行っていたそうだ。お菓子を食べさせてもらうこともあったのだとか。

家族ぐるみの付き合いをしているうちに、先代から「店をたたむから、道具を見にこないか」というお誘いがあった。

「地域のために何かをしたい」
そういう思いの中、イベントなどへ出店するためのファクトリーとして使うため、工房を借りることに。地域を思い、イベントを盛り上げるために出店をするうちに、「たつみや」のオープンを考えるようになった。

先代の協力のもと、一度整理した道具を再度集め、2017年4月、新生「尾道お菓子 たつみや」が誕生した。

縁がつないだ新しい歴史

「季節ごとに食べたいお菓子をつくる」。
先代が作っていたお菓子も、教わりながら出していると、地域の人からも喜ばれることが多いそうだ。

「今、新開や、向島の立花にとても活気が出ている。この店を、地域の活気につながるようなお店にしていきたい。」
そう意気込む町出さんは、観光客に向けた新しい展開も考えているようだ。

仕事とまちづくりに意欲的な町出さん、日曜日と月曜日が定休日となっているが、子育てをする時間はあるのだろうか?

「月曜日は、実際には仕込みなどをしていることが多いですが、子どもとの時間も含めて尾道での生活だと考えています。だから、日曜日は定休日にして、子どもと過ごすようにしています。」

移住を考えている人へ

町出さんは直感派なのか、移住する際の下調べは、あまりしていない様子。
住んで困ったことを聞いても、「あまりなかったですね。」とのこと。

ただ、その直感で選んだ尾道の斜面地に暮らし始めたことが、すべての縁の始まりであり、今の生活の原点となっていることは間違いない。

仲間との出会い、結婚。
町のために何かをしたいという気持ち。
老舗の歴史をつないだ町への想い。

「尾道の町には、大手の資本ではない人たちの活気、パワーを感じています。はまれば長く住める町だと思いますよ。」

仮住まいのつもりで尾道に住み始めた町出さん。
町出さんの言葉を借りれば、「はまった」のだろう。結婚を機に、尾道を本籍地にしたそうだ。
こうして、町出さんはひとつの縁から、老舗の歴史をつなぐ尾道人になった。

(取材:平成29年9月)