「街に近い里山」の暮らしに憧れて

「映画『天空の城 ラピュタ』って、見たことがありますか?」
 
2017年から尾道市御調町の「地域おこし協力隊」として活動している黒田さん。
黒田さんは、その映画に登場する主人公の少女・シータの次のセリフが好きなのだという。
 
 『土に根をおろし、風とともに生きよう。』
 『種とともに冬をこえ、鳥とともに春をうたおう。』
 
「こんなふうに、自然とともに暮らすのはいいなって、ずっと思ってたんです。」

尾道市北部の御調町は、山と田んぼに囲まれ、東西に御調川が流れる自然豊かな里山。
 
古くは、関西と九州を結ぶ古代山陽道と、尾道と石見を結ぶ銀山街道が交差する交通の要衝だった。今でも、尾道市中心部から車で30分ほどの距離にあり、近隣の市街地へのアクセスも容易な『街に近い里山』である。
 
そんな『街に近い里山』、御調町の暮らしに憧れて、移住生活をはじめた黒田さんは、鹿児島市出身だ。
 
自然とともに暮らすことに興味を持ったきっかけを、さらにつっこんで聞いてみた。
 
「幼いころ、親が子どものころに住んでいた空き家に連れて行ってもらったことがあるんです。海と山にはさまれた小さな集落でした。」
 
「耕作されていない田んぼや、ほこりのかぶった土間の台所を見ながら、妙に昔の暮らしが想像できて、心に強く刻まれました。
その自然に囲まれた小さな集落の暮らしに対する想いが、いつしか膨らんで憧れになっていったのかな。
今考えると、里山暮らしへの憧れは、素朴だけど根の深い想いだったのかなと思います。」

「住む」を自分の手に取り戻す

念願の里山暮らしで、スローライフを満喫かと思いきや、実際の暮らしは違っているようだ。
 
「御調町での新たな暮らしの拠点は、7部屋もある大きな一軒家。家の中の掃除だけでも大仕事です。それに加えて、庭木の剪定や草取り、落ち葉の掃除。樋も落ち葉や泥をとらないと雨水が流れていきませんし、冬場の水道管凍結に備えた対策も欠かせません。
時には、柿渋を縁側の板に塗ったり、車庫の修理もします。庭でつくる野菜の手入れも日課ですよ。」
 
やることはいくらでもある様子。『スローライフ』ではなく、『ビジーライフ』かもしれない。
 
「でも、これが里山の当たり前の暮らしかなと思います。できることは何でもする。この暮らしだからこそ、『住む』ということが見えるし、『住む』を自分の手に取り戻す感覚を持てているのかな。」
 
そして、一息ついて、2階の書斎から見える里山の景観を前に、読書にふけるのが至福の時間だとか。
 
「秋は収穫前の稲穂が広がる田んぼ。冬は澄み切った深夜の満天の星空。季節ごとの贅沢な景観は里山だからこそ味わえるものです。」

地域のなかで生きる

御調町に住みはじめて暮らしの一部となったのが、地域との関わりだとか。
 
「里山暮らしには、『地域との強いつながりがある』というイメージがありましたが、まさにそのとおりでした。」
 
「『みあがりおどり』という鉦(かね)と太鼓を打ちならす地域の踊りや、正月の『とんど』といった地域の行事、それから定期的な地域の作業等々、地域との関わりがたくさんありました。
そのおかげですぐに地域の中で顔見知りが増えて、ここで暮らすことにはすぐに慣れました。」
 
この地域の関わりがあったおかげで助けられたこともあった。
 
「『平成30年7月豪雨』のときのことです。
あの時、大雨になりはじめると近所の方が、『ここは水路があふれやすいけぇ。』と声をかけてくれました。区長さんからは、『早く避難したほうがいいよ。』と電話で教えてくれました。本当に助かりました。
地域全体がお互いを気遣う関係があることで、大変な災害の中でしたが、安心することができました。」

可能性が広がる暮らし

「地域の中に温かみのある関係がある場所だからこそ、今度は逆に自分が地域のために何かしなくては、と思えるんです。」
 
何ができるのか、とにかくいろんなことをやってみたという。
 
「御調はお米と串柿づくりが有名です。トラクターで田んぼの代掻きをしたり、干し柿づくりをしてみたり。それから御調町の古い写真を地域の方々から提供していただき、各所で展示をし、みんなが語れる場所をつくってみたり。豊かな歴史のある町を案内するまち歩きをしてみたり…。」
 
そのほとんどが、今まで知らないこと、やってみたことのないことばかりだった。
 
「でも、これがいい感覚なんです。
もともと本が好きで、世界にはこんなことがあるんだと知れると思わず顔がほころんでしまう。そして、その未知の世界へ一歩踏み入れると自分の可能性が、じわりじわりと広がっていく感覚があるんです。
ここでの暮らしはそんな感覚の連続です。」

移住を考えている人へ

最後に、移住を考えている人へのメッセージを聞いた。
 
「ちょっと大げさな言い方だけど、どこに暮らすのかは、どんなふうに生きたいか、ということではないかと思います。」
 
「大事にしたいことは人それぞれ。だから、どこで暮らすかにみんなが納得する正解なんてありえない。他のだれでもない、自分の暮らしを生きる。自分らしく生きる。
シンプルに、自分はこうしたい、という想いをかたちにすればいいのかなと思います。」
 
「街に近い里山」の暮らしをおくる黒田さん。
この憧れと未知の世界で、活動の可能性を広げている。
 
 
(取材:平成31年2月)