自分の”アジト”をつくるくらし

尾道の旧市街には「小路(しょうじ)」と呼ばれる路地がたくさんある。
「小路」は江戸・明治期に尾道が交易港として栄えていた頃、山と海に挟まれた狭い平地を有効利用するために生まれた路地のこと。当時はたくさんの商店、問屋が港の近くにひしめきあうように建ち並んでいたのだとか。

こうした小路の奥深く、かつての医院をリノベーションした場所でユニークな古本屋を営む店主が今回ご紹介する移住者だ。

藤井さんは尾道市の隣、福山市出身20代前半のIターン移住者。
市内NPO団体の経営するゲストハウスのスタッフとして働きながら、弐拾㏈(にじゅうでしべる)という古本屋を営んでいる。この古本屋がユニークなのは、土日は11時~19時開店だが、平日は23時~3時という深夜のみの営業ということ。
20代前半の若者は、この一風変わった自分のお店をどのようにつくっていったのだろうか?

「思い出を頼りに、尾道はなにかできる街だと思った。」

「自分は社会不適合者なんです。いわゆる会社員にはなれない、そう思って尾道に来ました。」明るくそう語り、お店の中でもここが一番落ち着く、と一畳くらいの受付スペース、医院だったときの調剤窓口にちょこんと収まり、藤井さんは微笑む。

藤井さんは、高校生の頃に文学に興味を持ち始め、中でも中原中也が好きになり、いつかは文学に埋もれて暮らしたいと思っていた。そんな思いを抱えながらも、京都市内の大学に進み、順調に市内の就職先も決まったことで、京都で暮らしていく予定だった。
ところが、卒業間際に精神的に辛いことが重なり、卒業はしたもののそのまま実家の福山市に帰郷することに。

幼い頃に父親とよく訪れていた尾道のこと気になっていたので、京都にいる時でもよくチェックしていたのだとか。帰郷後も、何気なくSNSを見ていた時に、たまたま「ゲストハウス・スタッフ募集」の情報を見つけた。
「尾道は、物語に出てくるような港町感があって、子どもの頃の印象で、漠然とおもしろいものがある街、何かできそうな街、と感じていたんです。だから申し込んでみました、絶対これがしたい、とかじゃないんです。行けばなんとかなるかも、という思いだけで。」
22歳(当時)の若者の新しい物語がここから始まった。

きっかけはカフェでの会話とシェアハウス

ゲストハウスで働き始めた頃、カフェにいる人たちとこんな会話があった。
「藤井君はなんかしないの?」
「うーん、やるんだったら古本屋かな。」
と趣味程度にできればと答えたことが今に繋がっている。

「初めは福山から通っていたんで、住居も探していたんです。タイミング良く、シェアハウスとその1階に空きスペースがあったんです。」
そこはゲストハウスを運営するNPOの管理物件でもあったので、活用について相談したところ、「藤井君がやるんだったらいいよ!」
という代表の一言で貸してもらえることに。

本屋なら、仕事の空き時間に兼業でできるし、部屋の雰囲気も自分に合っている。NPOスタッフやシェアハウスの住人の協力を得て改修し、平成28年4月開業に至った。

自分で心地いいライフスタイルを作り出す

小路の奥にある古本屋。一般的な感覚で言うとなかなかお客さんが来なそうなシチュエーションだ。藤井さんの古本屋はその後どうなったのだろうか?

「時間帯に関わらず、平日夜中でもびっくりするくらい人が来る時もあれば、土日でも全然こない時もあります。」
だからユニークな開店時間については、今はこのままでいいのだそう。
「弐拾㏈」がある地域は、夜に賑わう歓楽街でもある。
「深夜、飲んだ帰りに店に来てくれる。眠れない人が僕のSNSを見てふらっと来てくれたり。そんな本屋があってもいいですよね。」

いわゆる一般的な会社員という働き方に自分らしさを見出せなかった彼は、こうして自分のライフスタイルを作り出した。古本屋の経営も、イベントをしたり早朝開催したり、いろんなことを試していて、一番気持ちいいリズムを探しているのだそうだ。

移住を考えている人へ

最後に移住を考えている人に伝えたいことを聞いてみた。
「“地方に移住する”と気負わずに、尾道には気楽に来て欲しい。決死の想いで来なくてもいいと思います。」

「僕はたまたまゲストハウスのスタッフって、移住者っぽい肩書があったけど、そういう『君は何ができるの』という特別視はとても苦しい。別に普通の会社員でもよいと思います。そういうことにしんどくなったら僕のとこにきて愚痴ってくれるとか、別に僕じゃなくてもいいですが、波長が合う人を見つけていければいいと思います。」
藤井さんも誰も知り合いがいないところから移住を始め、暮らしているうちに気の合う友人が何人かできていったのだとか。

「閉鎖的なところもあるけど、この街はそういう自分の手の届く範囲で波長の合う人や場所に出会える確率が高い気がします。おもしろい街なので、一度来てみて、肌でその空気を感じて、物語の街に迷い込んでみてください。」
藤井さんはそのようにして、自分の“アジト“をつくっていった。

(取材:平成28年12月)