尾道での「くらし」「すまい」「しごと」に関わる便利な支援プログラムを、
ご紹介します。
しない後悔よりした後悔。夫婦ではじめた「地元のひとに届く」クラフトビールづくり

駅から本通り商店街を歩いて約15分。通りの北側に、おしゃれな文字で埋め尽くされたガラス張りのお店があらわれる。

その建物の端に目をやると、猫のロゴマークがあしらわれた木造の引戸がある。
「尾道ブルワリー」。この扉の先が今回の取材先だ。

令和3年(2021年)の2月末にオープンし、クラフトビールの製造販売を手掛ける。前年の夏に千葉から尾道へ移住してきた佐々木真人さん、真理さん夫妻がここを切り盛りしている。

尾道の素材を活かしたクラフトビール

木造引戸の先にあるお店の扉を開くと、カウンター越しに真理さんが笑顔で迎えてくれた。

「ごめんなさいね、いまちょうどトマトビールを仕込んでいるところで。」

そう言うと、カウンターの奥にある扉から隣の部屋に向かって行った。扉に付けられたガラス窓から、隣の部屋にビールを醸造する銀色のタンクがずらりと並んでいるのが見える。

作業を終えた夫妻がカウンターにもどって来ると、尾道の島でつくられた柑橘のジュースを特別に出してくれた。これもクラフトビールの原料として使用しているものだという。

「普段していることはとても単純です。週4日は旨いビールをつくって、それを売り歩いて、金土日と祝日にこのお店をやっています。」

夫の真人さんはなんでもないという風だが、壁の黒板に細かな字で書かれた数々の個性的なビールの説明書きが、夫婦のこだわりの深さを物語っている。尾道ブルワリーでは、トマトや柑橘など尾道でつくられた地のものを活かしたビールをつくっているのだ。

つぎに何を原料にしてビールをつくるかは、このカウンターで繰り広げられる地元のひとたちとの会話から決まることが多いそうだ。

「尾道のひとたちは尾道のことを愛しているから、そのひとたちの心に響くようなビールをつくりたいんです。」

そう語る真理さんと真人さんは、移住してから1年も経たないというのに、すっかり地元のひとと溶け込んでいる様子だ。

「尾道は外から入ってくるひとに対してすごく寛容で。近所の方に、来てくれてありがとうねって言われたりもしました。」
と真理さん。

「ここに来てからいままで、疎外されるってことが一切ない。良い距離感での助けがたくさんあるから、すごく感謝しています。」
と真人さんも続ける。

尾道との出会いは夫婦旅行

そんな二人がクラフトビールづくりを決心したのは、約3年前に遡る。

「もともと二人ともビール好きで。何かつくりたいねって夫婦で話していたとき、それだったら好きなビールをつくるのはどうかな?って突然思いついて。」
と笑いながら話す真理さん。

当時真人さんは食品会社、真理さんは旅行会社で働いていたそうだ。

専門外だったビールづくりを決心した夫妻が選んだのは、意外にも当時暮らしていた千葉県ではなく、そこから遠く離れた広島県の尾道市。その決断に至るまでに何があったのだろうか。

「尾道に移住を決めたのは、4年前に夫婦で行った旅行がきっかけです。尾道駅の近くで前泊してからしまなみ海道を渡る計画で、初日はお寺とかアイス屋さんとか、観光客がよく行くルートで観光しました。ひとがすごく優しくて、どこを切りとっても絵になるような景色があって、いいところだねって二人で話しました。」

「その後もいろいろな場所を旅行したのですが、尾道の良い印象が残っていて。千葉には小規模のブルワリーがたくさんあるし、地方創生にも興味があったので、どうせやるならまちおこし的にできるところを、と思って尾道といくつかの候補地を調べました。」

尾道市を選んだ決め手は、東京でおこなわれた広島県の主催の移住フェアだった。

この移住フェアに尾道市の移住コーディネーターとして参加していた、株式会社PLUSの酒井裕次さん(※1)と出会って意気投合し、尾道への移住を決めた。

※1 酒井 裕次(さかい ゆうじ)さん:株式会社プラス代表取締役社長。尾道市の因島と東京の2拠点で数々のブランディングプロジェクトを手がけながら、広島県の移住コーディネーターとして、移住者の受け入れに熱心に取り組んでいる。

不動産探しは口づて情報で

移住を決めた佐々木さん夫妻がまず取り組んだのは、不動産のリサーチ。千葉にいるときにパソコンで調べ、電話をしたり、予約をまとめて入れて尾道に見に行ったりもしたそうだ。

しかし、目当ての物件はなかなか見つからなかった。後でわかったのは、尾道は不動産屋もさることながら、個人やお寺などが不動産を所有していることも多いため、現地で人づてに聞いた方が良い条件の物件が見つかりやすいということだった。

「向島の、ましろ珈琲さん(※2)方式がいいと思います。まず尾道に来て、1~2ヶ月安く泊まれるところに滞在しながら、現地のひとと知り合いになって物件を探す方法。ここでは口づて情報がとても重要です。」

佐々木さん夫妻の場合は、不動産会社の紹介で先に家を決め、千葉で家具を揃えつつ毎月尾道に通った。夜は地元の飲み屋を飲み歩きながら地元のひとに聞いてまわり、いまの店舗物件を教えてもらったという。

※2 珈琲豆ましろ:尾道の対岸にある向島(むかいしま)にある珈琲豆店。店主の須山 祥平(すやま しょうへい)さんは千葉県から平成29年(2017年)に移住。

補助金を活用した店舗準備

家と店舗が決まるまで、約4ヶ月。その前後で、佐々木さん夫妻は補助金をできるだけ活用して準備を進めていったそうだ。

まず物件探しのときは、ひろしま暮らしサポートセンターで聞いた広島県の「片道交通費支援制度」(※3)を利用した。

また、移住後も建物の改修費や創業資金の調達にあたって、尾道市の「創業支援補助金」や「創業資金利子補給制度」を活用した。

「正直に言うと、補助金の面では他の自治体の方が魅力的です。でも、僕たちははじめからそれを当てにしなかったので、出るなら嬉しいなという感じでした。それから補助金の情報は、インターネットで調べたり、ひろしま暮らしサポートセンターなどの窓口で聞いたりしました。全国で開催されている創業セミナーでも聞けますよ。」

※3 片道交通費支援制度:広島県の移住支援制度。20歳以上で、原則として、東京圏(埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県)の居住者を対象に、片道の交通費を支援(上限あり)。
   https://www.hiroshima-hirobiro.jp/help/seido/katamichi.html

移住を考えている人へ

こうして念願だったクラフトビールづくりをはじめた真人さんと真理さん。旅行で来たときの印象とちがったことはあるのだろうか。

「(旅行で来たときと住んでみての)ギャップはそんなになかったですね。尾道はひとと景色が心地よいまちだと思います。ほっとするよね。」

真理さんの問いかけに真人さんもうなずく。

移住する前は少し緊張感があったという真理さんだが、実際に移り住んでみると、案外大したことではないと感じたそうだ。

「移住における大きな課題として、地域のひとたちとの人間関係の構築が挙げられると思うのですが、尾道は人間関係がいいと思っています。あとは、僕はしない後悔よりした後悔の方がいいと思っているので。失敗したくなければやらなきゃいいし、失敗してもいいならやればいいし。」
と真人さん。

「ほんとうにそれぐらいだよね。来て、(クラフトビールづくりを)始めてよかったと思う。」と真理さんも振り返る。

尾道にできたマイクロブルワリーの、今後の大きな躍進に期待が高まる。