海が見えるアットホームな会社と、四季を感じる山暮らし

「海が好きで、海の近くに住みたいというのがずっとあって。」

大阪府出身の須山加苗さんは、大学で上京した。卒業後も東京で働き、職場で出会った方と結婚。5年前に夫婦で尾道へ移住した。

小さい頃、徳島の港町に住む祖母に会いに行くたび、海がある景色に惹かれたという。

「移住するとき海の近くというのが条件の1つで、瀬戸内海沿いで場所を探しました。」

海の見える街

現在、尾道の市街地からほど近い島、向島(むかいしま)でコーヒー店「珈琲豆ましろ」を営む夫と、去年産まれたばかりの子どもと3人で、尾道市の中部、木ノ庄(きのしょう)町に暮らしている。また、加苗さんは、夫の店と同じ向島にある丸善製薬株式会社の人事部で働きながら、夫の店のサポートもしている。

東京の職場では、夫と同じ会社で国際物流の仕事をしていたが、将来子育てをしていくためには暮らし方や働き方を見直したいと思い、結婚を機に離れることを決断した。

「東京が嫌いだったわけではないんですけれど、ずっと住む場所ではないかなと思って。」

夫の須山祥平さんも、サラリーマンではなく自分の力を発揮できる仕事をしたいという話をしていたため、開業を視野に移住場所を探した。

自転車で片道2時間の家探し

尾道には、移住を考える前に夫婦で旅行したことがあった。祥平さんがコーヒー店をすることが決まると、コーヒー文化が根付いていそうな場所や人口がある程度ある場所などを勘や情報を頼りにいくつか選んだ。その候補に尾道も含まれていた。

「地方に行くと、観光地と言っても少し廃れていたりするじゃないですか。尾道の場合は、外から人が来るし、おしゃれなお店もできている。全体的に活気がある印象を持ちました。」

最終的に、住むのに良さそうだという勘で尾道を選んだ。それから、祥平さんが1ヶ月先に尾道へ行き、家と店舗の物件を探し回った。

「木ノ庄という尾道市の中部に位置する地区で、賃貸の一軒家に住んでいます。本当は島が良かったんですけれど、なかなか物件が見つからなくて。そこが移住するときのネックでしたね。」

探し回った結果、市街地から自転車で片道2時間かかる木ノ庄町で物件を見つけた。

「開業で先行きが分からなかったので、なるべく賃料が安いところを見ました。私が家のリフォームをしてみたかったので、賃貸でそれをさせてくれるところを探したくて、夫に頑張ってもらいました。」

店舗の物件は向島で見つけ、毎日車で通っているという。

「東京で満員電車を片道1時間半、満員で乗れないと2時間かけていたのを思うと、(車で)ドアtoドアで30分なんてすごい。通勤時間のストレスがどれだけあったのかが分かりました。」

はじめは慣れない運転が怖かったという加苗さんだが、今は車を運転する自分だけの時間を楽しんでいるそうだ。

木ノ庄町での暮らし

「木ノ庄町は暮らす面で言うと、物足りないひとにとっては物足りないかもしれません。本当に一面田んぼのような風景なので。でも、カーテンを開けたら山が見えて、四季の移り変わりが、はっきりと見えるんです。」

予定していた海ではなく、山が見える暮らしがはじまった。自治会の総会に行くと、60歳超えの方ばかり。同世代は居なかった。それでも、総会でお店の宣伝をさせてくれ、子どもが産まれると、一人にならないようわざわざ家に遊びに来てくれるひとも居た。

隣のおばあさんがとても優しく、畑で取れた野菜をくれたり、顔を見るといつも声を掛けてくれたりした。さらに、その方が須山さん夫妻の良き理解者となって地域に馴染みやすくしてくれたという。

「最初は私もびくびくしていました。それでも、こちらもオープンにならないといけないと思っていました。だから来たときは挨拶まわりに行って、外で近所のひとに会ったら挨拶もして。そういう基本的なところは気をつけていました。」

いまではすっかり地域に馴染み、なかには向島のお店に買いに来てくれるひともいるそうだ。

プライベートなことも相談できる職場

木ノ庄町で暮らす一方、仕事は向島でしている加苗さん。

今勤めている丸善製薬は向島に本社を置く老舗企業で、広島県内各地や東京・大阪に工場や研究所、営業部を構え、化粧品や医療品の原料、食品添加物などの研究から販売までおこなっている。以前から地域のイベントに栄養ドリンクを寄付するなど地域活動にも積極的な会社で、島で知らないひとはいない企業だ。

「移住する1年程前、情報収集も兼ねて地域のIターン・Uターン移住者向けの求人紹介会社に登録しました。銀座のひろしまブランドショップTAUで面談したのですが、その時は尾道に移住するか未定だったので、進展はありませんでした。その後、尾道に移住してお店を開業して、そろそろ私も仕事を探そうかなと思ったときに、タイミング良くその求人紹介会社の方からお電話があったんです。」(※1)

履歴書を書くとすぐに地元企業に拡散してくれた。それから複数の会社から声がかかり、現在勤めている会社でトントン拍子に話が進んで内定までこぎつけた。

「すごくアットホームな会社です。本社は尾道出身のひとが多いので、近所のひとも多くて。保育園が一緒だったり、スーパーに行ったら偶然会ったり。みんな優しくてプライベートなことも相談できるのですごくいいですね。」

また、子どもが産まれてからは時差出勤をしているのだそう。

「30分出勤時間を早めてもらっていますが、それだけで保育園のお迎えと夜のスケジュールがうまくいくんです。」

子育てなど福祉に関わる制度を受けやすい環境で、広島県の働き方改革実践企業の認定も受けている(※2)。育休前は社員と家族ぐるみでキャンプに行ったり、家を建てた社員の家に遊びに行ったりもしていて、お店にもよく来てくれるのだそうだ。

移住を考えている人へ

「前に居た東京も良いところ。何でもあって、刺激もある。でも、相性ってあると思うんです。すべてのひとにとって尾道が良いわけじゃないと思うけれど、私は東京よりも尾道に住んで良かったって思うんです。」

東京と尾道、都会と地方。両方に住んでみたからこそ、それぞれに好きなところと合わないところがあることを体感してるのだろう。須山さんの言葉はまっすぐだ。

「すべてが100%幸せになるわけじゃないのかもしれないけれど、今の生活にもし疑問をもっているのであれば、そこにはないものが尾道にあるのは確かだと思いますよ。」

軽やかな笑顔を浮かべ、こう続ける。

「ダメだったらまた戻ればいいだけ。移住って単純な引っ越しですし、新しい環境はどこに行っても最初はしんどいのは一緒。気軽に移住してみたらどうでしょうか。」

※1 尾道地域への就職情報

●ひろしまワークス https://www.hiroshimaworks.jp/
転職希望者のための、地元就活を進める上でのお役立ち情報を集めたサイト。「移住支援金対象企業」のタグが付いた掲載企業については、東京圏からの移住について最大100万円の支援金を支給する制度も(要件あり)。

●尾道ふる里就職 https://onomichi-f.com/
~尾道に住みたい、尾道で働きたいあなたへ。自分に合う「しごと」探しませんか?~
「ふる里就職登録制度」による人材情報登録や、オンライン企業合同説明会も開催。

●ひろびろワーク https://www.hiroshima-hirobiro.jp/works/
広島県の移住サイト「ひろびろ」内にも就職情報を多数掲載。
ひろしま暮らしサポートセンターを窓口に、移住希望者の就職をサポート。(オンライン相談可)

※2 広島県働き方改革実践企業(平成29年度~令和2年度)
長時間労働の削減、休暇の取得促進、仕事と育児・介護の両立支援など、従業員がイキイキと働くことができる職場環境づくりに取り組む企業を認定。(令和2年度で制度終了)
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/hint/search-h.php